TkMdの日記

忙しさに流されない日々のために。某教員のブログ。

コペルニクス的

最近気がついたこと。

私は「教員は生徒対応と授業でなんぼ」と思ってて、いろんな書類作成やら校内の雑務やらは付属品だと思っている。

「茶番センサーを切り、茶番に全力投球しよう」的なことが最近読んだ本で書いてあった。

そして、そんな茶番に全力投球できる人間が組織で必要とされるのだと。

だから、理不尽なルールになれてる体育会系が重宝されるそうな。

読みながら共感していたんだけれど、私は付属品と思ってる仕事は「茶番だ」と思ってるということに気がついた。

報告書類とか全然適当でいいと思ってる。

右詰めで半角スペースを入れるとか入れないとか、ほんとどうでもいいと思ってる。

けれども、そうでない人々もいて、そんな人たちはある意味で「茶番に全力投球出来る人」かもしれない。

けれども、書類に全力投球出来る人は生徒対応に全力投球出来ない人が多い気がする。

これって人間のキャパシティーの問題で、何かに全力投球すると他が疎かになるのは当然のことかな?

生徒対応があんまり出来ない人が、自身の得意の分野に力をいれ書類仕事に注力するようになるのか?

その辺のことはよくわからないけど、あんだけ書類嫌だ嫌だと言っていたけど、私も茶番スイッチをオンにしたら書類仕事にもうちょい前向きに取り組めそうな気がする。

と、なると生徒対応が二の次になり、頭の固い教員にもなれそうな気がする。

それまで茶番だと思っていたことが実は本質で、本質だと思っていたことが実は茶番だったという、コペルニクス的転換が今起こっているのか!?


「組織で働くこと」の本質は「どれだけ茶番と思われようとも組織で必要とされることを実行する」ということなんだろうな。


まぁ、そもそも私のような凡人の人生なんてそもそも茶番だと思っているので、どんな茶番劇に出演するかは自由だし、茶番劇に参加しないのも自由だ。