TkMdの日記

忙しさに流されない日々のために。某教員のブログ。

部活は楽しい

最近、議員のセンセー方も動きがあったりと、何かと話題にもなっている部活。

今日は部活が楽しい理由を考えてみた。



まず、生徒の成長の場となっている。

これは議論の余地もないだろう。

後輩ができ、先輩として世話をしている様子などをみると、「成長したもんだなぁ」と教員冥利に尽きる経験をさせてもらえるのである。

また、ねちっこく後輩をいじめる先輩になったりもするが、いじめられる立場にいたことから考えると成長したのかもしれない。成長していないかもしれない。



次に、公の下僕としての教員の役割を思い出させてくれることである。

ボランティアといいつつ、限りなく業務命令に近い状況で月に100時間近い残業もさせてもらえる。

自分の健康、生活、家庭まで省みず滅私奉公させてくれるのは部活くらいしかない。

腹が減った、嫁が家出した、頭が禿げてきた、借金が増えている……など、ついつい自分の事を優先したくなるが、部活はそうはさせてくれないのである。

滅私の心であり、これぞ公務員の鑑である。

教員として、自身の健康などを考えるようではまだまだである。

身を削り、心を削り、行き着く先は悟りの境地。

このまま悟りに至り、仏になることも可能かもしれない。

あるいは、いっそのこと仏になった方が幸せかも知れない。

仏になってしまえばこっちのもんである。

「教科指導や生徒指導に熱心に取り組み、生徒に好かれた先生」として、皆さんに惜しんでもらえるのだ。

嫌いな先生の葬儀に参加する生徒はいないので、こちらにとっては好都合である。

さも生徒全員に好かれる素晴らしい先生であったと、思ってもらうことも可能である。

いっそのこと先に仏になってから日々の授業を行いたいものである。

なお、この方法は若い人間がやるほど効果は大きくなると思われる。




三つ目に忘れてはならないのは生徒のメリットである。

なにより、自身が成長していくことによる達成感を得られることである。

体を鍛え、心を鍛え、人としても成長する場である。

達成感を感じ、それにより自信を持ち、さらに自信を持ったことによりさらに達成していくというよい循環が生まれる。

クラスで居場所のない生徒が部活に居場所を見つけるということは決して珍しいことではない。

クラスで居場所のない生徒が部活でも居場所がなくて、学校に来なくなることも珍しいことではない。

部内恋愛なども青春の一ページを飾る一大イベントである。

部内いじめに遭うことも一大イベントである。

また、顧問に嫌われて嫌がらせを受ける、顧問に気に入られて周囲に嫌がらせを受ける、嫌いな顧問に嫌がらせをして退職に追い込む、、顧問に部費をちょろまかしたのがバレてお説教される、顧問が部費をちょろまかしたのがバレていなくなる、など貴重な人生の体験を積める可能性がある。




ここまで教員、生徒のメリットのみをあげたが、それでは片手落ちである。

最後に保護者に対するメリットもあげてみたい。

それはクレームの種に事欠かないことである。

ストレスが溜まり、どこかにぶつけたい時。

そんなときは部活である。

まずは活動時間をつつけばよい。

活動時間が短ければ「あの先生はやる気がない」といえばよく、逆に時間が長ければ「あの先生は効率が悪い」と言えば良い。

「🌑🌑学校の🌑🌑部はこんなことをやっているのに、うちは無理なんですか!?」と、他を引き合いに出すのも一興である。

他にも、顧問の半数が自身の経験のない部活の顧問であるので、「素人に子どもの面倒を見させるのか」と言ってもよい。

但し、クレームをつける際は気を付けるべき点があり、それは「子どもを愛するあまり、行きすぎた心配をする保護者」を演じることである。

そうすれば、自分も不満のはけ口を確保でき、しかもある程度は共感しながら聞いてもらえる。

注意すべきはしつこくなりすぎないことである。

あまりしつこいと意図せずして、校長やら教頭と面談させられる可能性がある。

そうなると学校に出向くのも手間なので、電話をするなら学校ではなくお悩み電話相談の方がいいのかもしれない。



以上の理由により、部活は楽しい。

楽しい部活っていいなぁ。