TkMdの日記

忙しさに流されない日々のために。某教員のブログ。

仕事の定義

最近、思うこと。

教員の仕事って線引きが難しい。

どこまでやるのか? が明確に決めることが出来ない。

「あんな授業俺にでもできる」と生徒に言われる授業でいいのか?

「あんな担任変えてほしい」と言われる担任でいいのか?

困っている生徒に一言、声をかけるのか?

遅刻の多い生徒なら、毎朝電話をかけるのか?

家でご飯を食べさせてくれない生徒に、何か食べさせてあげるのか?

部活動をもっとやりたいという生徒なら、土日を潰して付き合うのか?



……とか、言い出したらキリがない。

別に「誰にでもできる授業」だったとしても、処分される訳ではない。

クラスの生徒から「あんな担任変えてほしい」と言われても、処分される訳ではない。

けれども私はそうなるのは嫌だな。

生徒にいい顔をしたいのかもしれないし、同僚の評価が気になるのかもしれないし、もっと崇高な余世ため人のために働きたいのかもしれないですが、よくわかりません。

が、「必要最低限」は出来ないので、問題となってくるのが「どこまでやるか?」だ。

言い換えると、「自分が仕事とすることの定義付け」をする必要があるように感じる。

やった方がいいことなんて、無限にある。

けれども、そんなことをやっていたら潰れることが目に見えている。

時間も身体も有限なのだから。

なので定義付けをし、その定義内で出来ることをやっていくことが必要な気がする。

「自分がやることはここまで!」って決めた方が楽に働けそうだ。

いちいちやらない理由を考えていると、非常にきつい。



……と考えていると、私なりの定義は……

と、ちょっと書いたけどわからなくなって、消してしまった。

うーむ、よくわからん。

けど、学校外でやることは、いくら生徒に必要不可欠であっても仕事ではない気がする。

茹でガエル

教員の労働時間がやたら長くてブラックだという、そんなことがネットニュースでもよく見かけるようになった。

そんな流れもあり、今の職場でも勤務時間の調査をやらされてる。

で、100時間オーバーが何人かいるようだ。
(自分自身は50時間程度でしたが)

部活がらみです。

年がら年中100時間とかいってそうな方々でした。

死ぬよね⁉

てゆーか、これ絶対に過労死になるよね⁉

とかいう話を一般企業の人にしたら、「えっ!?、50時間もあるの!?」と言われました。

えっ!?

50時間「も」なのか……

周囲に100時間オーバーしている人が当たり前のようにいると、「50時間なんて少ない方だ」と思っていた。

100時間オーバーしている同僚が「昔もっと大変な職場があったから大丈夫ですよ」と言っていたが、私も120時間オーバーだったこともあって、「これくらいなら楽なもんでしょう」とか思っている部分もあった。

これ、正に茹でガエルの状態だと思った。

「今までがそうだった」から、なんの疑問も持たずに続けていく。

某一流企業のように、才色兼備で高学歴で生徒や保護者に好かれている人間が死ななきゃ気付かんのかもしれない。

私は気付かせてもらった気がするけど、多くの教員は異常性に気付かず、気付いても見て見ぬふりをして茹で上がっていくのだろう。



この異常な長時間労働の解決には、もっと誰かが死ぬしかない。

ニュースに大々的に取り上げてもらうしかない。

そんな、志半ばで教職を去った人々の屍の上で働かせてもらってるんだろう。



あと、100時間オーバーしているけど「大丈夫ですよー」といっている同僚は、非常に余裕がない。

よくイライラしているし、残業や休日出勤(部活ですが)が重なってくると生徒に対して怒鳴ることが増える。

自分では大丈夫と思ってるかもしれんけど、隣で見てたら、結構八つ当たりしてるぞー。

という教員に余裕のない職場は、生徒の問題の芽を早めに摘み取れないから、いじめにしろなんにしろ問題が表面化するほど大きくなっちゃうんだろうな。

先生に余裕がないと生徒にもいいことないですよ。

センセーも人間です

引き続き、池田町の件について。

担任と副担任の度重なる厳しい叱責が原因らしいですが、何ていうかそこを叩く考え方は建設的でないなーと思う。

もちろん、叱責して生徒の行動が変わらないのに繰り返しているのは教員として能力が低い。

けど、残念ながら「できない教員」は絶対にいなくならない。

どの会社にも「できない社員」がいるように、教員の世界にもいますよ。

そもそも教員免許自体が「勉強ができればとれる」ものなので、生徒対応能力の保証をするものではない。

また、今の同僚にも生徒対応能力の極めて低い人がいるが、別に処分されるわけでもなし、注意をする人もいないし(そんな人が聞くわけない)。

教員免許の更新制度ができて、そういう残念な教員を弾きたかったと思われるが、実際は誰でも更新できるし。

採用試験ではそんなこと分からんし。





働き蟻を調べると必ず3割が働いていないらしい。

でも、その3割だけを集めて巣を作ると、7割が働き出すらしい。

人間でも一緒でしょう。

教員集団として必ず「できない教員」が生まれる。

お役所からくるお達しは「もっとしっかりやれ」的なもので、できない3割を減らそうとしてるけど、無理でしょう。

生徒を執拗に叱責して追い込む教員もいるし、相談しても全く相手にしてもらえない教員もいるし……と、どうしようもないことは認めることが必要だと思う。

不祥事がある度にお達しがくるけど、それで不祥事がなくなってないでしょ!?

それを認めて……というか、諦めて「そんな教員もいるからそれに対応するのが仕事の人」を作るのが再発防止なんじゃないかな。




いつからあるのか、「教員は聖職」というイメージで考えている人がまだまだ多いと思う。

教員だって人間だから、腹が立つこともあるし、依怙贔屓することもあるし、弱い立場の生徒をいじめることもあるし、生徒の不登校の原因となることもある。

聖職だからそんなことはあるまじき。

あるまじき事は改善されるべきだから、改善されるはずだ、みたいな。

聖職だから問題があっても改善される、と思われてるように感じる。

今回のような執拗に叱責する教員にしても、変えるとか、(ほぼ)無理だから。

教員本人は悪気あってやってる訳じゃないから。

これが正しいと思ってやってるから。

聖職だから学校の問題は全部教員が対応できる、とかないから。

むしろ問題を作る場合もありますから。

というわけで、学校の事を教員が全部やることはもう、やめましょう。

センセーだって人間ですから、できないこともある。

できないことはできる人にやってもらうしかない。

バカじゃないの!?

はい。久々に「バカじゃないの!?」と思いましたよ。
思うだけでなく、ボソッと言っちゃったかもしれない。
教員に出来ないことを求めるんでなく、外部の出来る人をつれてくることがあんたらの仕事でしょうが!



池田町の中学生の自殺問題に関して、防止策とやらを文科省のお役人様から頂きました。

その内容は……もっと細かくきめやかに生徒に対応する。いじめの可能性がある場合には徹底的に調査し報告。不登校の生徒はいじめの有無を調査。

…………要は徹底的に調査しろ! ってな感じ





うん。まぁ頑張れって事ですね。

今までもいじめとか自殺を防げるようにと、いろいろ取り組んでいる。
すでに頑張っている相手に「もっと頑張れ」って、意味ある!?



はい。という感じで根性論的なのりですな。
いじめを減らすためにもっと頑張ってやることが解決方法だそうで。


……………………

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バカかぁー(`Δ´)

だいたい教員は自殺防止とか、不登校の生徒対応とかやってんの!
手とか抜かずやってんの!


そんな状況なのに教員にもっとやれか!?
違うだろー。教員じゃねーだロー!
スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、スクールボリスなどを学校に入れ、教員じゃない人がいじめなどの問題に当たることが大事でしょう。教員じゃできてないんだから。


教員にやれやれといっているうちはほとんどなにも変わらないでしょう。
仕組みを変えるしかない❗

選挙ですね

いつのまにやら衆議院が解散するようで、政局が盛り上がっている今日この頃。

大学の学費無償化を総理は言われてますが、そんなことより人手を増やせと声を大にして言いたい。

部活の手当てに回してくれ。

「分数が出来ない大学生」が以前に話題になってましたが、送り出す側としては、まあそんなもんです。

学校を選ばなければ「金さえ払えば誰でも入れる大学」なんてゴロゴロある。

消費税を増税して、そんな大学に遊ぶために入っている学生に金を払うのは嫌だー。

エスカレーター式の私立の付属高校では「勉強せずに大学入れるからその高校に入った」なんてざら。

というか、大学に入る権利を金で買ってるのか!?

てな感じの金で学歴を買いたい人は買えばいいけど、金もない、学力もない、学ぶ気もない、そんな学生のために金を払いたくないよ。

それなら義務教育の教員を増やした方がよっぽど効果があると思う。

いろんなところで人手不足が始まっていて、「大卒じゃないと就職できない」とかなくなりつつあるし。

ていうか、某私立大学卒業で「高卒でも出来る仕事」をしている知人が沢山いる。

彼らは勉強なんてやる気なかったし、分数の計算も怪しかった。

いや、ほんとに彼らのために税金払うとか嫌ですから(人としては嫌いじゃないですが)。


単なる増税の理由付けで実現しないならいいんだけど、大学無償化するならもっと大学減らしてくれー。

国公立くらいの学力レベル以上なら無償化賛成なんですが。

優秀な人に金を使うのは全然意義ないんですけど。

でなければ、大学行く必要なし。

「学力がある」か、「学ぶ気がある」か、「学力はないが金がある」か。

それが大学に行く条件でどうでしょう!?

日本は先進国の中でも教育のGDP比が低いらしいですが、どうなることやら。

個人的には大学の学費とかより、部活動問題の方が身近なので、こんなに盛り上がってんのに部活動に触れられないのは、危険性も感じる。

選挙が終わったら「あの、部活動問題の盛り上がりは何だったんだろう……」みたいな。

まぁ、「公務員は金ももらっているんだし、文句言わずにやれ」的な人もいるので、部活動に金を出すとか言い出すと選挙にはマイナスなんでしょうけど。


最近は大学無償化は霞んできてますが、どうなることやら。

個人的にはそれをするなら、金銭的に厳しくて優秀な人に対して給付型の奨学金を増やしてほしいな。

それと、部活動の残業代を出すこと。



さぁ、どうなるんでしょー。

急性サザエさん症候群

日曜日の夕方。

あの、国民的アニメが放送される時間帯になると、明日の仕事が思いやられて心が重い……

というやつが、いわゆる「サザエさん症候群」だそうです。

サザエさんに限らず、人によっては笑点だったり、コナンくんだったり、スポーツニュースだったりする。

私はほぼ既往症はなかったのですが、夏休み明けに異変が。



朝起きるのが辛い。
トイレに入るとなかなか出れない(ような気がする)。
学校でダルい、眠たい。
学校でやたら疲れる。
学校に行きたくない。
夜に明日の仕事を考えると憂うつ。


……などなど。

夏休み明けなどの、長期休暇明けに罹患する急性症状でした。

先生だって学校に行きたくないんだぞ。

休みにエンジョイしすぎてリフレッシュどころか、リセットしてしまい、全てが無に帰したことが原因と思われます。


9月1日は子供の自殺が増える日らしいのですが、夏休み明けは不登校も増える。

そんなこどもの気持ちがよーく分かる夏休み明けでした。

まあ、1週間ほど働くと身体もなれてきて症状は収まりました。やれやれ。

いじめ事件ではない

ここのところ、生徒が自らの命を絶つ事件が報道されている。

そして、校長やら教育委員会の偉い人やらが「いじめはありました」と謝罪している。

その中で、LINEのグループ外しがあって……という記事があったが引っ掛かった。

なんか、学校が謝罪して、学校の責任みたいになってますが、「LINEのグループ外しは学校の責任範囲か⁉」と思った。

教員が知り得ないことだし、「グループ外しとかせずにみんなで仲良くしましょうね」って、学校でやるの⁉

自由な交遊関係を認めないことになるよね。

ていうか、そもそもそんなん規制無理でしょ。

自殺した生徒がどういう生徒かはわからないけど、みんながみんな周囲に好かれる人間ではない。

人間関係が上手く築けず、嫌われる生徒ももちろんいる。
「あの人はちょっと……」というやつだ。

と、なると自然とその生徒はグループに入らないことになるんじゃないだろうか。

相当に外力が加わらないと、グループに入れる働きは起きないんじゃないだろうか。

ま、外力によってグループに入ったとしても、新たな嫌われている人間が入っていないグループが立ち上げられ……てなとこだと思いますが。

てなわけで、「LINEのグループ外し」をいじめとするならば、いじめをなくすことは不可能!……と思います。



というか、「LINEのグループ外しとかせずみんなで仲良くしましょうね」とか教員のやる仕事じゃないでしょ。
何も解決してないし。

教員の仕事は「人間関係を上手くやりたいにも関わらず、上手くできない生徒」の力になることじゃないのだろうか(そういうことをしない集団にしていくのも仕事ですが)。
「友達付き合いでやってはいけないこと」を教える必要がある場合も、近年増えているように思います。

ニュース記事になっていた生徒が周囲から嫌われていたようで、周囲の生徒に対して「嫌いになってはいけません」とか、言ったところで人の心は操作できませんからね。

「人付き合いのスキル」も教員の仕事となってきたんだなぁ。

ついでに、いじめられる、嫌われたことを悲観して自殺したのであれば、「嫌われようが、いじめられようが自分は自分でいいのだ」という、自己肯定感を育ててあげられると良かったんだろうな。


あと、保護者のコメントを記事になっていた。

納得いなかいよね。

自分の子供が自ら命を絶ったことに納得できる親なんていない。

で、思ったんだがこんな事件があると保護者は一生ものの大きな事だけど、教員の立場からしたら他人事で5年もすれば昔のことだよね。

と、考えるとある意味で自分の身は自分で守るしかない。
我が子の身は親が守るしかない。
普段から「いじめとかあれば全力で逃げろ」と伝えていくことが身を守る方法ではないだろうか。

これだけニュースになって、原因究明とかいいながら調査して、再発防止策を……とかいっているけどこういう事件がなくならないのはもう、答えはひとつでしょう。



学校にいじめを防ぐ事はできません。



て事。教員だっていじめなんてあってはならないと思ってる。

が、残念ながらできないのだ。


なので、我が子の身は保護者が守ってあげましょう。
何かあって、納得のいかないことになりたくなければ。
保護者と本人が辛い思いをするのだから。



あと、文科省が「いきる力」とかいっているが、「いじめられても生き抜く」とかいう力の事だろうな。

いじめをなくすのは不可能だし、社会に出てからもキツいこともあるだろう。
そんな中でも、しぶとく生き抜くような力って大事だな。

自己肯定感を高めたり、人間関係を上手くやっていく技術を身に付けることが、しぶとく生き抜く力を育てることになるような気がするのだけど、難しいな。